ハンサムパパのブログ

「僧侶×会社員」の目線で日常を綴っています⭐︎

『京都・嵐山』にて『神』に出会う。

 

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季節とか、匂いとか、雰囲気で昔の思い出が蘇ってくることってありませんか??

僕は結構あって、なんかこの季節になって肌寒いなって感じてくると、大学生時代のことを思い出します。

今回は、そんな大学生時代に1番印象的だったことについて書いてみようと思います(^^)

 

『嵐山』に通いはじめる!!

 

なんかこう、思い出してみると、めちゃくちゃ懐かしい思い出です。

話せば長くなってしまうので詳細は省きますが、大学2回生の時にお付き合いをさせていただいていた彼女と、ある日突然別れることになりましたσ(^_^;)

 

まぁ、別れなんてどこのカップルでも突然訪れるものですよね。

そして、学生の場合には、特に出会いが多かったり、生活に自由が多かったりするので別れや出会いなんて日常茶飯事でしょうね(^^)

で、いろんなことがあって、いざ別れることになったんですが、何しろ愛知県の「豊橋」という田舎から急に「花の都」京都に移り住んだので、浮き足立っていたんでしょうね(^^;

なんか急に、「あれ、なんか精神的に落ち着かないぞ・・・」と感じはじめました。

 

学校に通っても、友達と遊んでも、お酒を飲んでも、なんか言いようのない『喪失感』がありました。

『喪失感』なんて言葉、その時には思いつきもしませんでしたが、今考えてみるとアレは間違いなく『喪失感』から来る感情でしたね(´ω`)

それで、たまたま嵐山の近くに住んでいて、バイクにも乗っていたので、なんとなくですが「あぁ、朝早く起きて、嵐山でも行って散歩でもしようかな。」と思い立ちました。

今考えると、「どんな精神状態やねん!?」と、突っ込みたくなってしまいます(笑)

そして、思い立ったその翌日から嵐山に通う毎日がはじまりました。

 

はじめは本当に、ただただ朝早く起きて(だいたい朝5時くらい)嵐山に行って散歩して、コーヒー買ってイヤホンで音楽を聴きながらタバコを吸ってただけでした(^^;;

本当、ただの時間潰しというか、無意味な時間の過ごし方でした。

「そんなんなら、しっかり朝7時まで寝とけよ。」とその時の自分に言ってやりたいくらいです(^^)

だいたい1ヶ月くらい、そんな訳のわからない、何がしたいのか分からない生活を続けていましたσ(^_^;)

もちろん、得られることは何もなかったし、ガソリン代と体力だけが無駄に消費されていきました。

ただし、『早寝早起き』という習慣は身につきました。

そして、徐々に僕は変わっていきました(*´-`)

 

『嵐山』で清掃活動を勝手にはじめる!?

 

嵐山に通いはじめてしばらく経った時に、あることに気づきました。

土日後の月曜日、圧倒的にゴミの量が多い

一応、ゴミ箱付近に集められてはいるが、入れにくいのかなぜかなんなのか原因は特定できませんが、とにかくゴミ箱へのゴミのin率が悪すぎるんですね。

「あとちょっとでゴミ箱に入れれるじゃん。」という感じなんです(;´д`)

そこで、なぜかその時の僕は、「これ、朝ブラブラ嵐山に来てるんだから、自分でキレイにゴミ拾いしたらいいんじゃん!」という判断をして、次の日からゴミ袋持参で嵐山に通う毎日がはじまりました。

 

とにかく、はじめはゴミの分別とベンチ周りのゴミを片付けたくて、その周辺をキレイにするようにしていました。

だって、ベンチ周りって、疲れた人が一息ついたり、カップルがイイ感じでくつろいだりする場所じゃないですか(о´∀`о)

その周りがゴミで汚いって、ちょっと僕的には「無いな」という考えだったんですね。

 

毎朝、ベンチ周りをゴミ拾いしていると、またあることに気づきました。

「どうやら、これらの放置されたゴミは、週末に訪れた観光客、それも家族連れのゴミが多いのではないか?」

なぜ、そのような判断に至ったのか。

理由は簡単でした。

赤ちゃん用のお菓子のゴミ、お土産屋で買ったと思われるおもちゃのゴミ、子供用のアンパンマンジュース、などが含まれた屋台の食べ物のゴミがとても多かったからです(^^;)

そして、こんなことにも気づきました。

「単純に、ゴミ箱設置場所が良くないんじゃないか??」

京都という土地柄、目立つ色の建物も建ててはいけないようですし、(マクドナルドや、Family Martの色も違う)ゴミ箱も目立つ場所には設置できないのかなぁということもあるかと思いますが・・・

『ゴミ箱が目立たない場所にあるせいで、ゴミのポイ捨てが増える』という悪循環(;´д`)

 

ある日、僕は思い切った行動に出ます。

渡月橋を渡った所にある「こんな場所にゴミ箱あっても、誰も気づく訳ないやろ!」的な無意味なゴミ箱を、勝手にベンチ近くの極力邪魔にならず、景観を損ねない場所に移動しちゃいましたσ(^_^;)

※既に10年以上前の話ですので時効ですよね(汗)

その効果は一目瞭然でした。

翌日から、「ゴミ、ちゃんと捨てれてんじゃん!」という状態になりました(^^)

細かく言えば、まだ空き缶、ペットボトルのキャップなどが放置されてたりもしてましたが、以前と比べるとかなり改善されてきたのは事実でした。

 

『嵐山』で【神様】に出会う!!

 

そんな毎日を過ごしているうちに、自然と嵐山で会う人達と仲良くなるようになりました。

具体的にいうと、毎朝散歩に来るおばちゃんやおっちゃん達ですww

毎日のように、掃除をしていると、コーヒーを買ってきてくれたりしました(^^)

「若いのに偉いねぇ。」

「ゴミが減って助かるわぁ〜。」

などなど、いろんな声をかけてきてくれました。

「毎日挨拶を交わすと自然とコミュニケーションがとれて、仲良くなれるんだなぁ。」

と、その時学びました。

毎日の積み重ねが、人と人とを結びつける挨拶はすごく大切なことなんだなと思い、できる限りすれ違う人には挨拶をする習慣が身についたのはこのときの経験から来るものだと思っています。

 

そんなある日に、いつも通り掃除をしていたら、ちょうど渡月橋のど真ん中くらいで、見たことがない初対面のおっさんに声をかけられました。

 

「いつも掃除してるみたいだけど、どこかの学生さん??」

「はぁ。おはようございます。学生です。」

 

「なんでこんな朝早くに掃除してるの??」

「暇だからです。」

 

「掃除以外にしたいことはないの??」

「彼女にフラれたばかりなので、今はなにもやる気が起きません。」

 

「そこのファミレスで朝ごはんご馳走するよ。」

「は??」

「ありがとうございます。ご馳走になります。」

 

まったく疑うこともなく、ファミレスに同行し朝ごはんをご馳走していただきましたww

なぜかその時、悪い感情がまったく沸かなかったことは不思議でなりません。

「まぁ、なんかあってもダッシュで逃げれば簡単に巻けるっしょ。」

と考えていたのかもしれませんが、おっさんを疑うことはありませんでした。

おっさんは、ファミレスの中で、いろんな話をしてくれました。

15年も前のことなので、概ね忘れてしまいましたが、すべての話が学生の自分には新鮮な内容だったことは間違いありません。

そして、たったひとつだけ、当時の自分にブッ刺さり、今でも大事にしている話を聞くことができました。

 

「君ね、彼女にフラれたからってなんだ。世の中には女性は何億人もいることを知りなさい。」

 

「これから君も社会人になり、世間に揉まれる事があると思う。そのときにチャンスを掴めるかどうかは自分の選択次第なんだ。」

 

「人生とは、選択なんだよ。常に、瞬間瞬間で無意識になにかを選択している。」

 

「今日、君が朝食の誘いを断れば、この話を聞くこともできなかっただろう。」

 

「しかし、断っていれば、また別のなにかを得られたかもしれない。」

 

「人生で無意識に行っている選択を、意識的に考え、取捨選択をするようにしたらどうか。」

 

「分かったなら、今日、友人と食事に行き、次の恋人探しでもしたらどうだい??」

 

「過去にとらわれていてもしょうがないだろう。」

 

「今は、学生生活が楽しめるような選択をしたほうが良いのでは??」

 

こんな感じの話を順を追って聞くことができました。

確かに、おっさんの言うことは間違っていない。

人生は選択の連続で、いつ、どの選択をするかによって人生は豊かにもなるし、その逆にもなりうる。

おっさんが言うように、今は掃除をダラダラと毎日するんじゃなくて、とにかく楽しんで、楽しむにはどんな選択をして行けばよいのかを、学生の今学んでおくことで正しい選択ができるようになる練習をしておくべきだ。

 

食事を終えて、僕がバイクのエンジンをかけ、グローブをはめているときに、すでにおっさんは姿を消していました。

「あれ、おっさんもうおらんやん。」

と、心のなかで思った瞬間でした・・・

「ブオン!」

「なんかやかましい車が来たな・・・」

なぜか、僕の前でスピードを緩めました。

それと同時に、車の窓が半分開きました。

「君、頑張りすぎずに頑張れよ!!」

「ブオン!」

車に乗っていたのは、おっさんでした(;´∀`)

 

その車のエンブレムは、テレビかなんかで見たことがある「馬」のものでした。

 

あとがき

 

おっさんとは、その後一度も会うことはありませんでした。

特に金持ちそうな印象もなかったですが、小綺麗な感じで、現在34歳になる僕が思い起こすと、明らかにバリバリ仕事できそうな身だしなみと話し方、立ちふるまいでした(^_^;)

車の車種などは全然分かりませんが、ポルシェフェラーリだったのは間違いがありません(;´Д`)

 

一体誰だったんだ。

あのおっさんは。

ちなみに、おっさんは20歳の当時の僕から見て、自分の親父と一緒くらいの年齢かな?という感じだったので、おそらく50歳くらいでした。

 

『人生は選択の連続』

 

今でも、とても大事にしている言葉です。

というか、これはもう真理です。

「おっさん、元気にしてんのかなぁ。」

おっさんは、僕の中では神化されています(笑)

 

という、昔話でした(*´∀`*)

 

でも、本当に「そうだ、京都行こう。」という季節になってきましたね。

紅葉も楽しみです(*´ω`*)

 

 ※京都の思い出についての過去記事も是非にッ!!

w800-ogasawara.hatenablog.com

 

 

w800-ogasawara.hatenablog.com

 

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